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逢瀬日記

ご主人様との出会いから今迄。 後天性被虐趣味なわたしの手記。

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感情と身体感覚

60度目の逢瀬のあと、
数日、
私になにが起こったのか整理するために時間を要した後、
ご主人様に、
私の感じたかなしさ、不安、こわさ、おそろしさ、
そういうものがあったということを
お伝えしました。

見えないことがこわかったこと。
ご主人様を遠くに感じたこと。
強烈な快感が強い寂しさをつれてきたこと。

伝えることで、
何かをしてほしかったというのではなく、
私のなかにあるこのなにかを知るのに
ご主人様の反応がなにかヒントになるのではないかと
そう思って

ご主人様は、
そういった感情は可愛がられたい気持ちから
来ているのではないかと
推察されるお言葉をくださいました。

可愛がられたくて、
可愛がられたい気持ちは
「個」のエゴからきていて、
応えてほしい気持ちと、
応えられることのない実際が、
遠さ
寂しさ
そういう主張になっているのでは・・・、と

このあたりの感情は
感謝をから、悩んでいること辺りで、
色々と思いめぐらせたところです。

興味深いのは、
これはごくごく個人的な、私的な感覚で、
ご主人様と共有しえることのないこころの感触で、
また、ご主人様は私がどう感じようが関知しないし、
どう感じようが、受容してくださるのだろう
ということでした。

ご主人様はただそこにいて、
感情に於いては、
私に何かを促すことをしない
感情は私に赦されている自由
私の揺れは自分自身の揺れ
自分自身だけの揺れ

身体感覚の一部が不自由になることで
奥のほうの気持ちが引きずり出されることがある。
そういう調教の記憶。

私は可愛がられたい気持ちを大事にしてもいい
ご主人様は揺らいでいる私を見ていてくださる
遠いやわらかさ
静かなやさしさ

身体と心の近さだけが調教ではないと
身体と心の近さだけが関心ではないと
遠くてもつながることができる
そういう新しい感覚

この気持ちを思い返すとき、
浮かぶ心象風景は、
不思議なことに天球のような・・・ 宇宙です。

ご主人様はご主人様の軌道をゆく。
私は私の軌道をゆく。

果てしない隔たりを感じながら、
それでも独自のアルゴリズムやプログラムがはたらいていることを
いつもあとから改めて知る。
無関係にみえても、秩序のある色々。
関係している。
ご主人様の示す道。
ご主人様を見つめることで、
私は私自身を見つめることになる。
この感覚が堪らない。

私は自分が可愛がられたい気持ちがあって、
私は自分を可愛がることができる。
ご主人様に可愛がられるようになることもできるし、
ご主人様に可愛がられていると気づくこともできる。

新しい道がひらくと、
そこに心が流れ始める。
本川から派川がうまれるように、
行けそうなところにも心がさらさらと流れていく。
どのような道を私自身の主要流路に選ぶのかは
私自身の自由


願わくば
エゴの形を綺麗にカッティングして研磨して・・・
美しい結晶として
ご主人様のコレクションに
加われますように。








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